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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(あ)712号 判決 1970年9月11日

主文

本件上告を棄却する。

理由

一被告人本人の上告趣意第一点のその一について。

所論は、本件には昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法六九条が適用されるところ、同条二項の規定では罰金の最高限度額が定まつておらず、刑量の特定を欠くといい、これを前提として、同条項が憲法三一条に違反する旨主張する。

しかし、所論改正前の所得税法六九条二項は、同条一項の「免れた又は還付を受けた所得税額が五百万円をこえるときは、同項の罰金は、五百万円をこえその免れた又は還付を受けた所得税額に相当する金額以下となすことができる。」と規定としているところ、「五百万円をこえその免れた又は還付を受けた所得税額」は、当該被告事件の裁判において認定されることによつて特定されるものであるから、罰金の最高限度額が定まつておらず、刑量が特定されていないということはできない。それゆえ、違憲の論旨は、前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

二同第一点のその二について。

所論は、重加算税のほかに刑罰を科することは、憲法三九条に違反する旨主張する。

しかし、国税通則法六八条に規定する重加算税は、同法六五条ないし六七条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が課税要件事実を隠ぺいし、または仮装する方法によつて行なわれた場合に、行政機関の行政手続により違反者に課せられるもので、これによつてかかる方法による納税義務違反の発生を防止し、もつて徴税の実を挙げようとする趣旨に出た行政上の措置であり、違反者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目してこれに対する制裁として科せられる刑罰とは趣旨、性質を異にするものと解すべきであつて、それゆえ、同一の租税逋脱行為について重加算税のほかに刑罰を科しても憲法三九条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決の趣旨とするところである(昭和三三年四月三〇日大法廷判決・民集一二巻六号九三八頁参照。なお、昭和三六年七月六日第一小法廷判決・刑集一五巻七号一〇五四頁参照。)。そして、現在これを変更すべきものとは認められないから、所論は、採ることができない。

三同第一点のその三について。

所論は、昭和四〇年法律三三号による改正前の所得税法六九条に規定されている罰金刑は、甚だ高額であるが、別に重加算税が課せられるとなれば、両者の額を合算すれば、被告人は著しく過大な金額を国家に納付することになるから、右六九条は、刑罰は公正な刑罰であることを要求する憲法三一条に違反する旨主張する。

しかし、憲法三一条が所論のごとき事項を保障する規定であるかどうかは別にして、前述のごとく、罰金と重加算税とは、その趣旨、性質を異にするものであり、そして、所論改正前の所得税法六九条の罰金刑は、同条にその寡額の定めがなく、情状により比較的軽く量定されることもありうるのであるから、同条の罰金刑の規定自体が著しく重いということはできない。それゆえ、違憲の論旨は、前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

四同第二点について。

所論は、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)

被告人の上告趣意

第一点 原判決は憲法の違反乃至解釈に誤りがあり、その違反乃至誤りが、判決に影響を及ぼすことがあきらかであり、原判決は、破棄されなければならない。

その一、

(一) 日本国憲法は、第三一条に於て、法定手続による処罰を、第三九条に於て事後法の禁止を各々に規定し、併せて、憲法は、所謂罪刑法定主義を採つていると解される。右罪刑法定主義は、犯罪と刑罰の法定をその内容とするのであり、従つて、憲法第三一条は、「法律に定める手続」によらなければ刑を科せられないと規定しているが、これは、内容―犯罪と刑罰―が、法律によるものでなければならないことを当然の前提としているのである。

(二) ところで、犯罪だけでなく刑罰をも法律で定めなければならないという点から観る時、刑種、刑量をともに法定しない場合はむろんのこと、刑種だけを定め、刑量を定めない場合も、右罪刑法定主義に違背し、その保障機能を、いちじるしく害するものと言わざるを得ない。従つて刑罰の法定ということは刑種、刑量とも法定することを要請するものと解さなければ、右罪刑法定主義の本旨に反することとなると解せられる。そして右にいう法定とは、法律による特定を意味すると解すべきである。

(三) 昭和四十年法律第三三号による改正前の所得税法第六九条は、その第二項に於て、「前項の免れた又は還付を受けた所得税額が五百万円を越えるときは情状に因り、同項の罰金は五百万円を越え、その免れ又は還付を受けた所得税額に相当する金額以下となすことができる」と規定している。即ち、右条項によれば、免れた所得税額(以下、脱税額という)が、五百万円を越える時には、罰金の最高額は、その脱税額にまで至り得るのである。しかして右の如く、罰金の最高額が、脱税額に比例して高くなると意味は、換言すれば、罰金の最高限度額が定まつていないことになるのであり、少なくとも、刑量の特定を欠くものと言わざるを得ない。この意味に於て、右条項は、右罪刑法定主義に違背し、憲法第三一条に違反すると解せられる。

(四) 成程、所得税法違反という特殊犯罪に於て、その刑罰について、右条項の如き規定を設けることにはある程度の合理性は容認し得る。(特に行政罰の場合には、より積極的な根拠を見出し得るであろう。)しかし、罰金が刑罰である限り、右条項の違憲性は、右合理性によつて何ら左右されるものではないというべきである。

その二、

(一) 所謂「重加算税額」と刑罰を併科することは、憲法第三九条の一事不再理の原則に反する。成程、之をして合憲とする最高裁判所の昭和三六年七月六日判決(刑集一五巻七号一〇五四頁)を始めとする多くの同旨の判例が存在することは事実である。然し右各判例は明らかに憲法の解釈を誤つたものであつて変更を免れない。

(二) 憲法第三九条は、その後段に於て、「又、同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問われない」としている。ここに「刑事上の責任」とは所謂広く国家権力によつて課せられる懲罰的意味を有する制裁の凡てを言うと解すべきである。そして憲法第三九条の法意が、若し同一の行為に対して再び国家権力の作用によつて、違反者に苦痛を与えないことを目的とする規定であると解するならば、右重加算税の他に同種の苦痛を与える罰金刑を科することは、憲法第三九条に違反すると言わなければならない。

その三、

昭和四十年法律第三三号による改正前の所得税法第六九条、同法付則第五三条に規定する罰金刑は、他の法律にその比を見ない程高額であることを否定できない。仮りに右重加算税額が、罰金とはその性質を異にして行政罰であるが故に、之を併科しうるとすると合算すれば、実質上被告人は著るしく過大な金額を国家に納付することとなり、刑罰は公正な刑罰であることを要求する憲法第三一条に違反すると言わなければならない。

叙上の通り、昭和四十年法律第三三号による改正前の所得税法第六九条は、法定手続による処罰公正な刑罰を規定した憲法第三一条及び、一事不再理の原則を規定した憲法第三九条に、各々に違反するというべきところ、本件について、右違憲の条項を適用した第一審判決を認容した原判決は、憲法の違反乃至解釈に誤りがあり、その違反乃至誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、破棄を免れない。

第二点 <省略>

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